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横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)1684号 判決 1986年7月24日

原告

馬場康予

右法定代理人親権者父

馬場和秋

右法定代理人親権者母

馬場由美子

原告

馬場和秋

馬場由美子

右三名訴訟代理人弁護士

永峰重夫

久保内美清流

被告

神奈川県

右代表者知事

長洲一二

右訴訟代理人弁護士

福田恒二

右指定代理人

相沢栄一郎

外三名

被告

神奈川県相模川西部土地改良区

右代表者理事長

石井平

右訴訟代理人弁護士

神田洋司

弘中徹

溝辺克己

今井誠一

藤澤秀行

主文

一  被告らは、各自、原告馬場康予に対し金一六九五万六八九〇円、原告馬場和秋に対し金一五〇万円、原告馬場由美子に対し金六〇万円及び右各金員に対する昭和五七年五月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その六を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

「被告らは各自、原告馬場康予に対し金六〇〇〇万円、原告馬場和秋に対し金三九〇万円、原告馬場由美子に対し金三〇〇万円及び右各金員に対する昭和五七年五月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」旨の判決並びに仮執行宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」旨の判決並びに被告神奈川県は、仮執行免脱宣言を求める。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

(一) 原告

原告馬場和秋(以下「原告和秋」という。)及び同馬場由美子(以下「原告由美子」という。)は、昭和四七年八月以降、神奈川県厚木市吾妻町一番地所在神奈川県営吾妻団地(以下「吾妻団地」という。)内一一号棟の二階に居住しており、原告馬場康予(以下「原告康予」という。)は、右原告両名の長女(昭和五〇年一一月八日生)である。

(二) 被告

被告神奈川県(以下「被告県」という。)は、吾妻団地及び同団地に附置した遊園地(以下「本件遊園地」という。)を所有し、管理している。

被告神奈川県相模川西部土地改良区(以下「被告土地改良区」という。)は、相模川西部地域における農地かんがい用給排水施設の維持、管理を目的とし、神奈川県知事により、昭和二七年三月二五日、土地改良区として設立を認可された公法人であつて、相模川上流から取水して、吾妻団地の本件遊園地に接して、その西側を通る用水路(以下「本件用水路」という。)施設を管理している。

2  事故の発生

(一) 原告康予は、昭和五四年七月二日午前九時三〇分過ぎころ、吾妻団地内の女児(三歳)及び男児(四歳)と共に、本件遊園地で遊んでいたところ、同遊園地の用水路側に設置されてあつた金網製フェンス(以下「本件フェンス」という。)の下にあつた空隙を潜り抜けて用水路の土手に出た上、用水路にザリガニを見付けて、これを捕えようとした際、用水路に転落し、下流に約二七〇メートル流され、暗渠口に設置されてあつた鉄柵にかかつていたところを救出された。

(二) 原告康予は、午前一〇時過ぎころ県立厚木病院内の交通救急センターに運ばれたが、右溺水の結果、後遺症として痙性四肢麻痺、てんかん、痴呆の重度の心身障害を被り、将来、回復の見込みはない。

3  被告らの責任

(一) 本件事故当時の現場付近の状況

(1) 吾妻団地は、神奈川県営の賃貸式集合住宅団地で戸数七〇〇戸余りであり、中央部に面積約五五〇平方メートルの公園、面積約三〇〇平方メートルの遊び場があるが、右団地の西部に存する面積約一一〇〇平方メートルの本件遊園地が最大の遊戯用広場であつた。

本件遊園地の中央部には遊戯用に、砂場、鉄棒、約二メートル間隔で地中に半分埋め込まれた自動車のタイヤ七・八個があつた。本件遊園地では常時、相当数の子供達が球技をしたり、幼稚園入園前後の幼児らが、親に同伴され、又は、幼児らだけで遊びに来ることが多かつた。

(2) 吾妻団地の東側は、小鮎川が南流し、本件用水路が、小鮎川の下を潜つて吾妻団地西側を本件遊園地付近の水門まで南流しており、本件用水路は、水門から西に転じて下流約二七〇メートルの地点で暗渠に流入している。本件フェンスと右水門及び本件用水路の水門より上流部分との間には、幅約五メートルの土手があり、土手は、本件フェンス側から用水路側にやや下降しており、土手と用水路側壁との間には高低差がない。

(3) 本件用水路は、断面が凹型のコンクリート造りで内法幅約三〇〇センチメートル、深さ約一四〇ないし一四五センチメートルである。遊園地と反対側の側壁上には高さ約七五センチメートルの転落防止用フェンスが張られているが、本件遊園地側の側壁上及び水門には転落防止設備がない。また、用水路側壁は直立して手掛りとなるものがなく、水流が速いことと相まつて余程の渇水期を除いては、一旦転落すると、相当大きな子供でも自力で脱出することは不可能である。

(二) 本件フェンスの状況

本件フェンスは、従来、針金編みの菱型金網であつたところ、子供達が破つたり、よじ登つたり、フェンス下部胴縁の下の空隙を潜つてフェンス外に出ることが多かつたため、被告県において昭和五三年一〇月、エキスパンドフェンスに取り替え現在に至つたものである。

本件フェンスは、水門に最も近いところにかんぬきが付いた鉄製門扉があつて、通常施錠されており、鍵は被告土地改良区が保管している。

フェンスの支柱(本件遊園地側から用水路側に向かつて、門扉の左側支柱を左第一支柱とし、順次、左第二・左第三支柱といい、同様に門扉の右側支柱を右第一支柱とし、順次右第二・右第三支柱という。)は、左第一支柱と左第二支柱の間は約五〇センチメートル、以後左第二支柱より左側は約二メートル間隔に支柱があり、右側も右第一・第二支柱間は約五〇センチメートル、以後は約二メートル間隔で支柱がある。

各支柱は、二〇センチメートル角のコンクリート製礎台上に立てられ、礎台上面から約二メートルの高さがある。礎台の長さは、四五センチメートルであるが、礎台上面とフェンス下部胴縁との間隔は三センチメートルとされ、礎台は地表より数センチメートル露出させることとし、したがつて、フェンス胴縁と地表との間には六ないし一〇センチメートルの空隙を設けるように設置されていた

(三) 本件フェンスの瑕疵

(1) 本件遊園地は、吾妻団地の幼児、児童が日常的に遊戯を楽しむという状況にあつたことと、法律上も「公営住宅法」二条八号、「神奈川県営住宅管理条例」二条六号にいう公共施設としての児童公園であるから、幼児、児童の安全を確保することが特に要請されるものである。

(2) 特に本件遊園地は、前記のとおり本件用水路に接して設けられており、子供達が用水路に関心を惹きつけられることは明らかなところであるから、少なくとも用水路の危険性につき思慮、分別を持たない幼児達が、独力で用水路に接近できないように安全に配慮した設備が行われることが必要である。

(3) 本件フェンスは、このように児童が用水路へ接近することを防止する目的で設置されたものであるにかかわらず、前記のとおりフェンス下部の胴縁と地表との間には当初から空隙があつた上、フェンスの下は赤土のままとされていたため、児童がフェンスの下を掘つて、そこから用水路の方へ潜り抜けることは容易に予想のつくところであつた(改装前のフェンスの時にもフェンス下から潜り抜ける子供はあつた。)。

したがつて、本件フェンスはその下をコンクリートにするか、土盛り、杭打を行うなどして、幼児達が容易に空隙を拡げることのないような構造をとるべきであるところ、これをしていなかつた点において瑕疵があつた。

(4) その結果、フェンスと地表との間には、おそくとも昭和五四年春ころには、何人かによつて掘られたとみられる、幼稚園児程度の大きさの子供が潜り抜けられる程度の空隙が数箇所生じており、子供達が出入りしていたため、この空隙部分には夏季においても雑草が殆んどなかつた。右空隙は、少なくとも左第一・第二支柱間、左第二・第三支柱間及び右第一・第二支柱間の三箇所に存在した。

(5) また、被告県は本件フェンスの安全性が確保されているかについて、十分に点検を行うような管理体制をとる必要があつたところ、本件フェンスを含めて吾妻団地の施設の点検を住宅保全協会(以下「保全協会」という。)に委託していたが、同協会の点検においても、本件フェンス下に生じていた右空隙については指摘されることのないままとされており同管理体制も十分でなく瑕疵があつた。

(四) 本件用水路の瑕疵

(1) 本件用水路は前記のとおり、それ自体極めて危険な施設であり、本件用水路及び水門に接して本件遊園地が設けられているため、幼児、児童が本件用水路に転落する危険性のあるところ、その防止を本件フェンスに依存しているのであるから、被告土地改良区は本件フェンスに破れ目や下部に空隙が生じて、そこから幼児、児童らが本件用水路側に出ることを知り、又はその可能性を予測し得た場合、本件遊園地を所有、管理している被告県に対し、本件フェンスの修繕等の是正措置を求めると共に、右措置がとられない場合は、自ら用水路の遊園地側に転落防止用フェンスを設ける等の措置をとるべきであつた。

(2) 被告土地改良区は、水門操作のため水門を訪れるのであり、特に本件事故が発生した春から夏にかけての増水期・農作物成育期には水門の操作のために本件用水路付近に立入ることが多かつたのであるから、本件フェンスの状況もよく知り得る立場にあつた。

それにもかかわらず、被告土地改良区は被告県に本件フェンスの是正を求めることも、用水路に独自に転落防止用フェンスを設置することもしなかつた。

(3) よつて、被告土地改良区の、本件用水路の設置、管理には瑕疵があつたものである。

(五) 被告らの共同不法行為

本件フェンスの設置、管理の瑕疵に基づく被告県の責任と、本件用水路の設置、管理の瑕疵に基づく被告土地改良区の責任は、共同して本件事故の原因をなすものであるから、被告らは本件事故について、共同の不法行為責任を負うものである。

4  原告らの損害

(一) 原告康予の本件事故後の状況

原告康予は、昭和五五年六月二七日、県立厚木病院を退院したが、前記の通り痙性四肢麻痺等の後遺症を被り、抗けいれん剤を投与されているため首も坐らず、手足も動かせない状況にあり、抗けいれん剤投与等のための一週間ないし一〇日に一回の通院、毎日五回の流動食経管注入、マッサージ、寝返り、排便の始末等の世話を原告和秋及び同由美子が行なつている。

又、原告康予は、眼を開け、あくびはするが、言葉を発することができず、呼びかけに対しては無反応で表情を表わすことができない状態である。

(二) 原告康予の損害

(1) 原告康予は、事故当日から昭和五五年六月二七日まで、県立厚木病院に入院して治療を受け、その間に要した費用は次のとおりである。

a 入院期間中の付添費 一二六万円

(一日 三五〇〇円として三六〇日分)

b 入院期間中の雑費 二五万二〇〇〇円

(一日 七〇〇円として三六〇日分)

(2) 原告康予は、将来にわたつて前記の症状が継続するものと推定される。そこで、平均余命表によつて、余命を六八年とすると、その間の治療費等は次のとおりである。

a 将来の治療費 一五九万九八四九円

(昭和五六年一年間の治療費の実績が八万三〇〇〇円であつたから、以後、毎年同額がかかるものとして、将来分の請求についてライプニッツ方式による中間利息の控除をした)

b 分泌物の吸引器の購入費 三七万八九六一円

(昭和五五年四月三日に八万二〇〇〇円で購入、但し今後六年毎に買替える必要があり、訴提起時の価格一〇万五〇〇〇円で購入が続くとして、将来購入分については前記方式で中間利息を控除した)

c 将来の介護費 二四六二万四一九五円

(一日 三五〇〇円として、前記方式により中間利息を控除)

d 今後二年間の通院期間中の付添費 二五五万五〇〇〇円

(一日 三五〇〇円として二年分)

(3) 逸失利益 一六八三万六九九六円

一九歳から六七歳までを稼働期間として、昭和五五年賃金センサス第一巻第一表の女子労働者学歴計の平均給与額(月額一二万二五〇〇円、他に年間の賞与額三六万四八〇〇円)を基準にし、更に、昭和五六年ではこれが五パーセントの増額になると考えられるので、この増額後の金額を基準にし、ライプニッツ方式によつて中間利息を控除して算出したものである。

(4) 慰謝料

原告康予の受けた前記障害による、同原告の慰謝料は次の金額をもつて相当とする。

a 入通院慰謝料 二五〇万円

b 後遺症慰謝料 一〇〇〇万円

(三) 原告和秋の損害

(1) 慰謝料 三〇〇万円

原告康予の受けた障害は前記のとおりであり、その結果原告和秋もまた、原告康予と独立して精神的苦痛を受けた。その慰謝料の額は右金額が相当である。

(2) 弁護士費用 九〇万円

原告らは本件訴訟の遂行を原告ら本件訴訟代理人に委任したが、その際、原告和秋は同代理人らに対し、横浜弁護士会報酬規定に定める報酬金の支払を約し、昭和五七年四月一七日に内金九〇万円を支払つた。

(四) 原告由美子の損害

慰謝料 三〇〇万円

原告由美子が精神的苦痛を受けたことは、原告和秋の場合と同様である。

(五) 原告らは、被告らに対し、昭和五七年五月二一日到達の書面をもつて、弁護士費用を除く前記損害額の賠償を求めたが、被告らはいずれもその支払いを拒んでいる。

5  結論

よつて原告らは、国家賠償法二条一項に基づき被告らに対し、原告康予は一部請求として六〇〇〇万円とこれに対する支払期限到来後であることの明らかな昭和五七年五月二二日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告和秋は三九〇万円とこれに対する右同様の遅延損害金の、また原告由美子は三〇〇万円とこれに対する右同様の遅延損害金の、各自それぞれの支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  被告県の認否

(一) 請求原因1(一)の事実及び(二)事実のうち被告県に関する部分については認める。

(二) 同2(一)の事実のうち、水門から約二七〇メートル下流に暗渠口の鉄柵があり、原告康予が主張のとおり右鉄柵に引つ掛かつているのが発見されたことは認め、その余は知らない。

同(二)の事実のうち、主張のころ原告康予が厚木交通救急センターに運ばれたことは認め、その余は知らない。

(三) 請求原因3(一)(1)の事実のうち、吾妻団地が神奈川県営の賃貸式集合住宅団地で戸数七〇〇戸余りであること、同団地の中央部に二箇所の広場があること、同団地西部に存する本件遊園地に砂場、鉄棒があり、中央部では球技もできることは認め、その余は知らない。

なお、建物相互間にもかなり広い空地がある。

同(2)の事実のうち、本件用水路の吾妻団地付近の経路、位置が原告ら主張のとおりであること、本件フェンスと本件用水路との間に幅約五メートルの土手があり、用水路側へやや下降気味に傾斜していることは認める。

同(3)の事実のうち、本件用水路が、コンクリート製で、その断面が凹型であり内法約三〇〇センチメートル、深さ約一四〇ないし一四五センチメートルであること、本件用水路の、本件遊園地と反対側の側壁には高さ約七五センチメートルのフェンスが設置されてあるが、本件遊園地側の側壁及び水門には転落防止のための設備がないことは認める。

(四) 請求原因3(二)の事実のうち、昭和五三年一〇月にフェンスを取り替えたことは認めるが、その理由は否認する。

本件フェンスが約二・〇一メートル間隔で支柱によつて支えられ(ただし、支柱の高さは一・八五メートルである。)、右支柱が、二〇センチメートル角のコンクリート製礎台に立てられていること、礎台の長さが四五センチメートル、地表とフェンス下部胴縁との間隔が六ないし一〇センチメートルであることは認める。

(五) 請求原因3(三)(1)ないし(3)、(5)の主張は争う。同主張に対する被告県の主張は後記のとおりである。

同(4)の事実のうち、本件事故が発生した直後に、用水路水門付近の本件フェンス下部胴縁と地表との間に高さ約一七センチメートルの空隙が存在した事実は認めるがその余の事実は否認する。右空隙は、昭和五四年六月二三日に吾妻団地内の施設を点検した際には存在しなかつたものであつて、その後に生じたものである。

(六) 請求原因3(四)及び(五)は争う。

(七) 請求原因4(一)ないし(四)は争う。(五)の事実は認める。

2  被告県の主張

(一) 瑕疵の意義について

営造物に設置、管理の瑕疵があることは、営造物が通常有すべき安全性を欠くことをいい、設置管理者にとつて通常予測しえない行動によつて事故が生じた場合には、瑕疵があるとすることはできない(最高裁判所昭和五三年七月四日判決)。

(二) 設置の瑕疵の不存在

(1) 本件フェンスの構造は前記のとおりであり(更に上端には忍び返しも付けられてあつた。)、その設置の目的は、吾妻団地の居住者らが利用できる区域を明確にすることとあわせて、出入り禁止の趣旨を示すためのものであつた。

(2) 原告らは、本件フェンス下部の胴縁と地表との空隙を問題にしているが、その本件フェンス設置の際に存在した空隙は六ないし一〇センチメートル程度のものであつて(空隙を置かないと、塵埃などが堆積して、支柱や金網を腐食させるおそれがある。)、ここを潜り抜けることは考えられないところであるから、前記の目的に十分なものというべきである。

(三) 管理の瑕疵の不存在

(1) 本件フェンスを含む吾妻団地の施設の管理は、保全協会に委託して行うことになつており(神奈川県営住宅管理条例三五条)、同協会は、居住者からの連絡をうけて修繕等を行うほか月二回程度は吾妻団地を巡回して、要修繕個所の発見と修繕を行つてきた。

(2) このような管理体制は、原告らを含めた吾妻団地の居住者らが「共同の借家人」たる地位にあり、本件遊園地を含めた吾妻団地の施設に対する善良な管理者としての管理を行うべき責任を負担していることを前提とし、したがつて、要修繕個所を発見した団地居住者は保全協会に連絡すべき義務を負うというべきであるから(右連絡は夜間、休日でも可能な状態になつていた。)、被告県としては、本件フェンスの管理を行うにあたつて、かかる団地居住者の自治と良識ある行動とを期待し、またこれを前提とすることが許されるし、そのような処置を講ずれば管理に瑕疵がないというべきである。

(3) 本件において、原告ら主張の空隙は本件事故の際か、あるいは事故に近接した時点において作られたものであることは前記主張のとおりであるが、その空隙の存在について団地の居住者から指摘、通報された事実はないし、前記のとおり定期的に巡回を行つていたのであるから、管理としては十分尽してきており、設置、管理に何ら瑕疵はない。

(4) また、児童が本件フェンスの下の僅かな空隙を潜つて本件用水路側に出ているとの事実については団地居住者から何ら通報がなく、しかも本件フェンス下を潜り抜けるには相当な困難を伴うことや、本件フェンスの下を潜ること自体本件フェンス設置の目的に反することが明らかな状況を考えると、原告ら主張の原告康予の行動は、本件フェンスの管理者として通常予想しえないところのものといわねばならない。

3  被告土地改良区の認否

(一) 請求原因1(一)の事実及び(二)の事実のうち被告土地改良区に関する部分について認める。

(二) 同2(一)の事実のうち、水門の約二七〇メートル下流に暗渠口の鉄柵があることは認め、その余は知らない。

同(二)の事実は知らない。

(三) 請求原因3(一)(1)の事実は知らない。

同(2)の事実のうち、本件用水路の吾妻団地付近の経路、位置が原告主張のとおりであること、本件フェンスと用水路との間に幅約五メートルの、用水路側へやや下降気味に傾斜している土手があることは認める。

同(3)の事実のうち本件用水路がコンクリート製でその断面が凹型であり、内法約三〇〇センチメートル、深さ約一四〇ないし一四五センチメートルであること、本件用水路の遊園地と反対側の側壁には高さ約七五センチメートルのフェンスが設置されてあるが、本件遊園地側の側壁にはフェンスがないことは認める。

(四) 請求原因3(二)の事実のうち、本件フェンスが幅約二・〇一メートルごとに支柱があり(ただし、支柱の高さは約一・八五メートルである。)、右支柱が二〇センチメートル角のコンクリート製礎台に立てられていることは認め、その余は知らない。

(五) 請求原因3(三)(1)ないし(3)、(5)の主張は争う。(4)の事実は知らない。

同3(四)及び(五)は争う。

(六) 請求原因4(一)ないし(四)は争う。

同(五)の事実のうち、原告ら主張の書面が届いたことは認める。

4  被告土地改良区の主張

(一) 本件用水路は、昭和三〇年度に建設されたものであるが、当時は水路敷が高さ三メートルの土手になつていて、その上にコンクリート製の支柱を立て、二段に針金を渡して、防護設備としていた。

(二) 周囲には、人家が数軒あるだけであつたが、その後、昭和四七年になつて吾妻団地建設の計画が進められ、被告県から水路敷変更の申入れがなされた。

(三) そして協議した結果、土手は五メートルを残すが、残りの水路敷については盛土をして団地建設に利用すること、団地側から人が侵入しないようにするため堅固かつ安全な防護柵を作ること、その防護柵の維持、管理は被告県において行うこと、が合意された。

(四) したがつて、本件用水路の遊園地側の安全性の確保については、専ら被告県の義務であり、県に対して是正を求めたりする必要はなく、また県の安全性確保に関する懈怠を予想して、二重にフェンスを造ることの必要もない。

転落防止用のフェンスの設置自体を被告土地改良区が行つたことは、過去に例がなく、被告土地改良区自らが行う予算もない(これまでは総て被告県が設置をし、被告土地改良区がその管理の委託を受けているにすぎない。)。被告土地改良区に転落防止用フェンスの設置を求めるのは不可能を強いるものである。

(五) また、本件フェンスを含めて、本件遊園地側の安全管理については被告県からの委託を受けてないから、被告土地改良区はその安全管理を行うことはできず、被告土地改良区にその義務はない、というべきである。

なお、原告は「被告土地改良区は、子供達が本件フェンスを潜り抜けて本件用水路に出ていたことを知つていた」かの如く主張する。しかし、被告県や保全協会の方で知らないことを、被告土地改良区の方で知りうる状況にあろう筈がないのであつて、その意味でも原告らの主張は理由がない(仮に、被告土地改良区において知つていれば、県に改善を申し入れることもあろうが、それとても右に述べた理由からして法的な義務でないのであり、道義的な責任の問題を生ずるにとどまる。)。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の各事実(当事者に関する事実)については、当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、被告県は、昭和四八年七月から、吾妻団地等の県営住宅及び共同施設の維持・保全等の業務を保全協会に委託し、本件フェンスの管理は、実際には同協会によつて行われていたことが認められる。

二本件事故の発生について

<証拠>によれば、昭和五四年七月二日午前九時三〇分過ぎころ、原告康予がひとりで戸外に遊びに出て行き、しばらくは一一号棟前の空地で遊んでいたが、やがて本件遊園地に行つて当時三歳であつた石川尚子(以下「尚子」という。)及び一歳年上の男児の三人で遊んでいるうち本件フェンス下に生じていたくぼみの部分から潜り抜けて外側の土手に出た上ザリガニを見ようとして本件用水路に近付いたため本件用水路内に転落し、流水によつて、約二七〇メートル下流の暗渠口鉄柵まで流されていたところを発見され、救助されたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三被告らの責任について

1  まず、本件遊園地の環境、利用状況、本件用水路の位置構造、本件フェンスの構造について検討する。

(一)  <証拠>によれば、吾妻団地は、本件事故当時の戸数七〇〇戸余からなる、神奈川県営の賃貸式集合住宅団地であり中央部には面積五六六平方メートルの公園、面積二八九平方メートルの遊び場があるほかに、西部に面積一一三〇平方メートルの本件遊園地があること、本件事故当時、本件遊園地には遊具として、砂場、鉄棒のほか本件フェンス近くに、半分程を地中に埋められた自動車用古タイヤ七、八個が設置されており、団地内の最も大きい遊戯用広場として、野球などをする子供達や、砂場で砂遊びなどして遊ぶ幼児達が、母親に連れられて、あるいは幼児達だけで多く集まり遊んでいたことの各事実が認められ、この認定に反する証拠は見当らない。

(二)  吾妻団地の東側を小鮎川が南流し、本件用水路が小鮎川の下を潜つて吾妻団地西側を本件遊園地付近に設けられた水門まで南流しており、右水門から西に転じて下流約二七〇メートルの地点で暗渠に流入していること、本件フェンスから本件用水路までの距離は約五メートルで、その間はフェンス側から用水路側にやや下降した土手となつていること、本件用水路が断面凹型のコンクリート造りで、幅員約三〇〇センチメートル、深さが約一四〇ないし一四五センチメートルであること、本件用水路の本件遊園地と反対側の側壁上には高さ約七五センチメートルの転落防止用フェンスが設置されているが、本件遊園地側の用水路側壁上及び水門には転落防止用の設備が設けられていないことの各事実は、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件用水路の側壁は直立していて、その壁面には手掛りとなるものがないことが認められる。

(三)  <証拠>によれば、本件フェンスは、従来針金編みの菱型金網であつたため、破れたり腐食したりすることが多く、その都度補修していたものの、児童らが破れ目から出入りすることもあつたため、団地居住者からの要求もあつて、昭和五三年一〇月に、被告県において全面的にフェンスを改修することになり、エキスパンド金網を用いた現在のフェンスに改修されたことが認められる。

<証拠>によれば、本件フェンスの各支柱の高さは一八五センチメートルで、支柱間の間隔は二・〇一メートル(この事実は当事者間に争いがない。)であり、支柱の立てられている礎台の長さは四五センチメートルであること、フェンス下部の胴縁の腐食を防ぐ等のため礎台上面とフェンス下部胴縁との間隔を三センチメートルとし、礎台を地表より若干露出させるため、フェンス下部の胴縁と地表との間には六ないし一〇センチメートルの空隙を設けるよう設計され、施工されたこと、本件フェンス下の部分は、水門に通ずる出入口の部分を除いては赤土の表土のままでコンクリートを打つなどの加工は全くされていないことの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  原告康予が、本件フェンスの下に生じたくぼみを潜り抜けて本件用水路に近付いたため用水路内に転落したと認められることは既に認定したとおりである。

右くぼみの存在、その状態について検討する。

<証拠>によれば、本件事故当時、左第二・第三支柱間において、地表がくぼんでフェンス下部との間隔が広くなつていたこと、右くぼみの最も深い部分で本件フェンス下部胴縁との距離は一二、三センチメートルであつたこと、右第一・第二支柱間にも本件事故当時くぼみがあり、その最も深い部分で、本件フェンス下部胴縁との距離は一七センチメートルであつたことが認められる。

原告らは、右のほかに、左第一・第二支柱間、左第三・第四支柱間のフェンスの下にもくぼみが存在していた旨主張し、証人石川一子の証言、原告由美子本人尋問の結果中には、このくぼみが存在しているのを現認したかのような趣旨の供述がみられるが、右各供述とも、その供述自体に照らし、明確な認識に基づくものとは認め難いから、右供述をもつて、主張のくぼみの存在したことを認めるに十分ではなく、他に主張のくぼみが存在した事実を認めるに足りる証拠は見当らない。

また、右証言及び本人尋問の結果中には、左第二・第三支柱間、右第二・第三支柱間のフェンスの下に存在したくぼみの深さについて、前記認定の一七センチメートルよりも更に深かつた趣旨の供述がみられるが、いずれの供述も、特に実測等によつて確認した結果に基づいた認識でないことは、その供述自体によつて明らかで、本件事故後間もなくに、右空隙部分を実測したところに基づく証人武内肇の証言に照らして措信することができない。

他に右認定に反する証拠は見当らない。

3  次に右くぼみが生じた時期、原因について検討する。

<証拠>によると、本件フェンスの下の地表には、本件事故直後当時において、全体的に雑草が繁茂していたが、右くぼみの部分には、くぼみの部分だけでなく、その手前遊園地側から本件用水路側に及んで雑草が欠落していること、右くぼみは、支柱間の中心部及びフェンスの直下部分において最も深く、くぼみの両端は、いずれも両側の支柱に達する程に広く、支柱間を長径とする楕円の椀状に掘り取られた状態をなしており、その土質は赤土状の、一見して堅い土質で、表面は平滑で、固められた状態であることが認められ、この認定に反する証拠はない。

以上の事実によつて判断すると、右くぼみは、雨水などの流水や、犬などの動物によつて生じたものではなく、フェンスの下を潜り抜けて出入りするために、人為的に掘り取られたものであつて、右くぼみによる出入りは、本件事故の際原告康予が本件用水路側に出た時以前に、相当期間にわたり、反復してなされていたものと推認するのが相当であり、更に、右認定の事実に、<証拠>を総合すると、昭和五四年四月ころには、右くぼみが存在していたものと認められる。

なお、昭和五四年六月二三日に、保全協会において、吾妻団地の自治会長と共に、本件団地全体の施設について点検をしたことは当事者間に争いがないところであり、その際、本件フェンスの下に、前記のようなくぼみが生じていることが発見されたことを窺わせるような証拠はない。しかしながら、右点検に際し、フェンスの下のくぼみの存在について、どれほどに意識し、どの程度点検の対象にしたかについては、証拠を検討しても明らかでなく、右争いのない事実をもつて、右点検の当時において、前記認定のくぼみが存在しなかつたものとすることはできない。他に以上の認定に反する証拠はない。

4  本件フェンスの瑕疵について

(一) 本件用水路の構造、用水路内の流水の状態、本件用水路と本件遊園地の位置関係、吾妻団地の規模、本件遊園地における児童、幼児の利用状況については既に認定したとおりであつて、これらの認定事実によつて判断すると、本件用水路は、児童、幼児が転落したときは自力で脱出することが困難で、極めて危険性の高い構造物であり、本件遊園地は、これに近接して設置されていて、多数の児童、幼児の遊び場として利用されることを目的とし、その目的に沿つて利用されていた施設として、児童、幼児が本件用水路に近付き、用水路内に転落することを防止するに足りる機能を有する防護設備を具有することを要するものというべきである。

したがつて、本件フェンスは、右防護設備としての機能、構造を備えていることを要すべきものであつて、本件フェンスが、単に遊園地の区域を明確にし、外部との間の出入り禁止の趣旨を示す程度のもので足りるとする被告県の主張は相当でない。

本件フェンスの構造についても既に判示したとおりであつて、右認定の事実によると、容易に乗り越えることができない程度の高さ、容易に破られない程度の金網の構造、強度を備えており、フェンス下部胴縁と地表との間隔が、児童、幼児が潜り抜けることができない程度に設置されてあつたものと認められるから、これらの機能、状態が維持される限り、本件フェンスは右防護設備としての機能に欠けるところはなかつたものと認められる。

しかし、本件フェンスが設置された後に、本件フェンスの下の地表が掘り取られ、フェンス下部と地表との間に、児童、幼児が潜り抜けることができる程度の空隙が生じたものと認められることも既に認定のとおりであつて、その結果、本件フェンスは、前記機能を備えるべき防護設備としての機能を失い瑕疵を生じたものというべきである。

以上のとおりであるから、本件フェンスは、その構造上、フェンス下の地表に容易にくぼみが生じないような処置が施されていない点において、あるいは右くぼみが生じた後に速やかにこれを補修する処置が取られなかつた点において、本件フェンスの設置、管理に瑕疵があつたものと認められる。

(二) 被告県は、フェンスの下のくぼみを潜り抜けてフェンスの外側に出るというような行動は、管理者として通常予想することができない行動である旨主張するが、遊園地等、児童、幼児が日常的に、多数参集する場所において、その周囲をフェンス等で囲つて外部との通行を遮断した場合に、遊園地を利用する児童、幼児が、フェンス外に出たボール等を回収するため、あるいはフェンス外に出て遊ぼうとするため、これを乗り越えて、あるいは金網に、多少とも疲弊しているところなどがあればこれを破つて外部に出ようとすることのあることは、通常経験されるところであつて、フェンスの下の空隙部分を利用し、あるいはこれを広げて外部に出ようとすることも通常予想できないような、特に異常な行動ということはできない。

また、被告県は、本件フェンスの管理については、保全協会に委託して行ない、同協会は、月二回程度の巡回を行うとともに、原告らを含めた団地居住者の連絡、通報によつて修繕箇所の修繕を行つてきたもので、これは、団地の居住者らが共同の借家人として本件フェンスを含む団地の施設について管理の責任を負い、要修繕箇所を発見した場合に、これを右協会に連絡する義務を負うことを前提とするものであつて、被告県の本件フェンスに対する管理は十分というべきであり、前記くぼみの存在については、右協会の巡回によつても発見されず、団地住民からも連絡がなかつたのであるから、被告県の本件フェンス管理に瑕疵はなかつた旨主張する。

しかしながら、ここに管理の瑕疵とは、公の営造物の維持、管理についての過失責任を問うものではなく、公の営造物について、不可抗力等の通常予測できないような外部的原因による場合を除き、通常備えるべき安全性を欠くにいたつた場合をいうと解すべきであるから、被告県が主張するような管理の方法の適否、団地居住者の通報、連絡義務の有無は、本件フェンス管理の瑕疵の判断について消長を来たすものではないというべきであるから、被告県の右主張も理由がない。

しかも、本件フェンスの下の右くぼみが、本件事故に近接して生じたものでなく、ここを潜り抜けることが繰り返し行われていたものと認むべきことは既に認定のとおりであつて、右の事実においても管理に瑕疵があつたということを免れない。

5 本件用水路の瑕疵について

本件用水路が、その構造上において、児童、幼児が転落した場合に脱出することが極めて困難で、危険な構造物であること、本件用水路が、本件遊園地に近接していて児童、幼児が近付き、転落する危険性の高い環境にあることは既に認定のとおりである。

そうであるとすれば、本件用水路については、その管理者である被告土地改良区において、右危険性に対応して、児童、幼児が用水路内に転落することを防止し得る機能を備えた防護施設を設けることを要するものと解せられる。

ところで、<証拠>によると、本件用水路は、被告県において設置したうえで被告土地改良区にその管理が移されたものであつて、用水路の両岸には高さ七五センチメートルの金網によるフェンスが、転落防止設備として設置されていたこと、被告県が、吾妻団地を建設するに際し、用水路の流路を一部変更したうえ、団地側の本件用水路の転落防止設備については、被告県が団地の施設の一部として防護施設を設置し、これをもつて本件用水路の転落防止設備とすることで、被告県と被告土地改良区との間で合意が成立し、その趣旨でフェンス(改修前のフェンス)が設置されたことが認められる。

被告土地改良区は、右のような事実に基づき、本件用水路の団地側の安全性の確保については、専ら被告県が負うべきもので、被告土地改良区において被告県にその改良、補修を求めたり、本件フェンスの他に被告土地改良区において、別に転落防止の防護柵を設ける必要はないし、財政的な裏付けもない旨主張する。

しかし、公の営造物である本件用水路の管理については、これを管理する被告土地改良区が負うべきもので、その管理の分担について被告土地改良区と被告県との間において、右認定のような分担の合意がなされたとしても、これをもつて第三者に対する関係において管理上の責任を免れるものではないというべきであり、本件フェンスを、団地側における唯一の危険防止設備としている以上(本件フェンスの他に危険防止設備が設置されていたとの事実については、主張も立証もない。)本件フェンスの設置、管理に瑕疵が認められることによつて、本件用水路の管理についても瑕疵があるというのほかない。人工的構造物である本件用水路が、前記のような危険性を有する以上、財政上の理由をもつて防護設備設置の責を免れることはできない。

よつて、本件用水路の管理についても瑕疵があつたものというべきである。

6 以上のとおりであるから、被告らは、いずれも国家賠償法二条に基づき、本件事故によつて生じた損害につき、賠償責任を負うものであり、被告らの責任原因は、本件事故について競合してその原因をなすものであるから、共同不法行為として、連帯して賠償責任を負うべきものである。

四損害について

1  <証拠>を総合すると、原告康予は、本件事故による溺水の結果、痙性四肢麻痺、てんかん、痴呆の重度心身障害を生じ、その回復の見込みがないこと、原告康予は、救出された直後から昭和五五年六月二七日まで、神奈川県立厚木病院に入院して治療を受け、退院後も七日ないし一〇日に一度の割合で同病院に通院して治療を受けているが、抗けいれん剤の投与を受けているため、首が坐らず、手足が動かせない状態であり、そのため、一日五回の流動食の経管注入、マッサージ、寝返り、排便の始末、通院の世話の一切を、原告和秋、同由美子によつて行う必要があり、現に行われていることの各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

2  そこで原告康予の受けた損害額について検討する。

(一)  入院中の付添費、雑費

原告康予は事故当日から昭和五五年六月二七日まで神奈川県立厚木病院に入院したことは前記認定のとおりであり、原告由美子本人尋問の結果によると、同病院は完全看護システムであり夜間及び午前中の付き添いはしなかつたが、入院期間中の午後二時から同七時ころまでは、原告由美子と同和秋とが交替で付き添つた(なお、原告由美子は主婦、同和秋は厚木市役所の職員である。)事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

そこで、入院中の付添費として一日二〇〇〇円として三六二日分、入院雑費として一日六〇〇円として同期間分をもつて損害と認めるのが相当である。

(付添費) 七二万四〇〇〇円

(入院雑費) 二一万七二〇〇円

(二)  退院後、将来にわたる治療費、介護費など

(1) 前判示のとおり、原告康予は七日ないし一〇日に一度の割合で通院して、治療を受けているところ、前記認定の症状に照らし、将来とも右通院、治療は継続するものと認められる。

<証拠>によると、退院後の治療費として、昭和五九年までの間、一年間に約八万一〇〇〇円から八万六〇〇〇円を要している事実が認められるから、右事実をもつて判断すると、事故当時の平均余命の六八年に対し毎年八万三〇〇〇円の治療費を要するものと認められ、ライプニッツ方式により中間利息を控除した額をもつて損害額と認めるのが相当である。

(退院後、将来にわたる治療費) 一五九万九八四九円

(2) また、前判示のとおりの原告康予の容体からすれば、同原告はその生命を維持するため将来にわたつて介護をうける必要があると認められる。その介護費は一年間に一〇〇万円をもつて相当と認め、右介護は平均余命期間にわたつて必要なものと認めたうえで、前記の方式により中間利息の控除を行つたものを損害額と認めることとする。なお、原告康予は通院期間の付添費を主張しているが(請求原因4(二)(2)d)、同主張は右介護費の中に含めて考えるのが相当である。

(退院後、将来にわたる介護費) 一九二七万五三〇一円

(3) また前記認定の症状に照らし原告康予は、分泌物の排出のため、吸引器の使用が必要とされるから、その購入費用もまた損害と認められるところ、<証拠>によると、昭和五五年四月三日、八万二〇〇〇円で吸引器を購入していることが認められるから、同額をもつて損害額と認めることとする。なお原告は、将来の買替え分についても請求をしているが、不確定な要素が多く、現時点でこれを確定することは困難と認められるから、吸引器代としては認めず、かかる事情は慰謝料の算定を行う際の一事情とするのが相当である。

(分泌物の吸引器の購入費用) 八万二〇〇〇円

(三)  逸失利益

原告康予が事故当時三歳七箇月であることは当事者間に争いがなく、同原告は本件事故がなければ、一九歳から六七歳まで稼働し、その間収入を得ることができる筈であるところ、昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表によると、産業計、企業規模計、学歴計の女子労働者の年間平均給与額は一三八万七八一四円(一一万九五〇〇×一二+三三万七三〇〇)であるから、これを基礎として右金額から前記方式による年五分の割合による中間利息を控除したものを損害額と認める。その結果、同金額は一一四九万三八七五円〔一三八万七八一四×(一九・一一九−一〇・八三七)〕となる。

(逸失利益) 一一四九万三八七五円

(四)  慰謝料

前記の各証拠によると、原告康予の症状は県立厚木病院の退院時点で固定していたように認められ(他に反する証拠は見当らない。)るから、入院慰謝料(三六二日間)として二〇〇万円を認めることとし、また前判示の後遺症の症状の内容その他諸般の事情を考慮すると、後遺症慰謝料として七〇〇万円を認めるのが相当である。

(入院慰謝料) 二〇〇万円

(後遺症慰謝料) 七〇〇万円

以上、原告康予に生じた損害額は、合計四二三九万二二二五円となる。

3  次に、原告和秋、同由美子の損害について検討する。

(一)  原告和秋、同由美子が、原告康予の前記傷害によつて苦痛を受けていることは明らかであつて、前記の各事実関係をもとに考慮すると、原告和秋、同由美子の右苦痛を慰謝するのには、各一五〇万円の支払を命ずることが相当である。

(二)  原告らが本件訴訟の提起、遂行のため、弁護士に訴訟の委任をしたことは、当裁判所に顕著な事実であつて、本件訴訟の難易度、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係を認められる損害として、被告らに負担させるべき弁護士費用は原告ら全員につき九〇万円を下回ることがないものと認められる。

そして、弁論の全趣旨からすると、本件訴訟代理人に対する弁護士費用の支払義務者が原告和秋一名であると認められるから、原告和秋の損害として弁護士費用九〇万円を認めることとする。

4  過失相殺について

本件事故が、本件フェンス及び本件用水路の設置、管理の瑕疵によるものであり、その責任が、被告県、同土地改良区に帰するものであることは既に判示したとおりである。

しかし、原告由美子本人尋問の結果によると、同原告は、本件事故が生じた二、三箇月以前に、本件フェンスの下の地表にくぼみが生じており、そこから、子供が出入りしていたのを見たことがあつて、子供を注意したことがあること、これに対して、団地自治会に連絡したり、団地の施設について保全、修理を行つていた保全協会に連絡したりして、危険を防止するための処置を何らとらなかつたことの各事実が認められる。

本件遊園地のように、多数の者が共同で利用する施設であつて、自らもこれを利用する立場にある者は、当該施設の瑕疵を現認した以上、これを管理者その他相当な者に通報し、その危険を取り除く処置を講ずべきもので、これをしないで施設を利用し、放置された瑕疵によつて損害を被つた場合においては、自らも相応の責任の分担を免れないものというべきである。

しかも、原告由美子は、原告康予が戸外に遊びに出るに当たり、居住棟である一一号棟近くで遊ぶように注意し、その後しばらくは、康予が一一号棟近くで遊んでいることを確認しただけでその後は、適当な監督者のないままひとりで遊ぶに任せていた(原告由美子本人尋問の結果)のであり、原告康予がその年令に照らし、未だ思慮、分別が未熟であること、原告らの居住棟(一一号棟)と本件遊園地が比較的近い位置にある(一一号棟の北側に一二号棟があり、その北側に本件遊園地がある。成立に争いがない乙第一号証の一)ことの各事実に、原告由美子が、本件フェンスの下にくぼみがあり、そこから子供が出入りしているのを知つていた事実を併せ考えると、原告由美子の、原告康予に対する監護に欠けるところがあり、これが本件事故の原因をなしているものというべきである。

以上の事情を総合すると、本件事故の発生について、原告側の責任は大きいものというべきであり、前記認定の損害(慰謝料を含む)から六割を減ずるのが相当である。

よつて、弁護士費用を除くその余の損害については、六割の過失相殺を行い、その残額をもつて被告らに請求することができる損害額とする。

五結論

以上によると、原告康予の被告らに対する本訴請求は一六九五万六八九〇円とこれに対する昭和五七年五月二二日から右支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、また原告和秋の被告らに対する本訴請求は一五〇万円とこれに対する右同様の遅延損害金の支払を求める限度で、そして原告由美子の被告らに対する本訴請求は、六〇万円とこれに対する右同様の遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を各適用し、仮執行宣言の申立については相当でないと認めてこれを付さないものとした上、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川上正俊 裁判官上原裕之 裁判官石栗正子)

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